第1章 樹への想い プロジェクトオーナー河尻和憲
― 広葉樹に魅せられて ―
たとえば朴(ホオ)の木は、割ってみると中は淡い灰緑色をしている。
けれども年が経つにつれ暗く濃い緑褐色になっていく。
あるときからそんな広葉樹の持つ奥深い世界に魅せられてしまった。
広葉樹には実にさまざまな表情がある。
まっすぐに伸びる樹種が多い針葉樹と違って、太く曲がっているものが多い。
幹も固い。立っている様も個性的だ。
同じ樹種でも生えている場所によって表情がまるで違う。
一本の樹の中でも南側か、北側か、根元に近いか先端部かで色合いや木目の表情が変わる。
そして時間の経過によっても変化するのだ。
私が、破天荒ともいえる挑戦的な家具プロジェクトを始めようと決意した出発点には
このような広葉樹の持つ多様性と美しさへの驚きがあった。
― 森が恋しい ―
岐阜で育った私にとって遊び場は雑木林だった。
カブトムシやクワガタをとったり、樹の上に秘密基地を作ったり。
当時はテレビゲームなどない時代。
でも雑木林にはアイデア次第で遊びのネタはいくらでもあった。
樹が、森が、すぐそこにあって、それが当たり前の環境の中で育った。
だから東京の化粧品会社に勤めるようになっても、いつも田舎の風景が心のどこかに在った。
樹や森がそばにないことが、自分の中の何かが欠けているような気がしてならなかった。
サラリーマンを辞めて故郷に戻ってきたのは、紙の原料を作るチップ工場を継ぐためだった。
長年勤めた会社員としてのキャリアを捨てることには、周囲から驚かれ反対もされた。
けれども心の中の深いところでは、これで樹や森に囲まれて暮らせる、
心にしまっていた自分を取り戻せるという想いもあった。